そのALは,いつのALのことか

「アクティブ・ラーニングの視点で授業改善を行おう」と言えば,反対する人は少ないのですが,少なからず「アクティブ・ラーニング」という言葉に反射的に悪い印象を持ってしまう人も結構いるのがわかってきたという話です。

私が今回見た人は,1980年代に言われていた「アクティブ・ラーニング」を指して,お話をしていました。当時のアメリカでの教育思想(確かに今言われるALもアメリカから入ってきたものですが)で,今更そんな真似をすることはないだろうという論調です。

以前には,私が住んでいる町の教育委員の話を聞きました。その人によると「今はALじゃなくてディープラーニングだよ」とのこと。活動だけやっても,過去の失敗をなぞるだけで,過去のことを大した勉強しない人が,横文字に飛びついただけだとの話でした。

ALに限らず,教育の世界では定義を変えないまま,言葉が実態に合わせて意味を少しずつ変えたり,言葉が言い換えられたり,解釈を変容させることがよくあります。これは,その実態(反響)を捉えた上で,多くの現場で有用なものにするために不可欠なことだと思います。

さて,先ほどの二つのお話はどうでしょうか。この二人が話しているALは,今文科省が提唱しているALと本当に同じものでしょうか。そして,文科省が狙う趣旨を理解していると言えるでしょうか。私には,非常に後ろ向きな教育進展への足を引っ張るような行為に映りました。

教育の世界では「指導法の否定は授業改善になじまない」と言われます。言った人からすれば,否定ではなく批判であるとするかもしれません。現代の時代背景を踏まえ,子供の未来を見据えて必要な資質・能力を育てるという考え方に,問題があるというのであれば,旧来のやり方でそれらが達成される論拠をぜひ聞きたいものです。

ALという言葉が急激に広がったせいで,人によっては言葉遊びのような感があるのは事実です。しかし今のALがどんな意図をもって,どんな変遷を経て出来上がったものなのか,もっと多くの人に理解していただきたいと思うのです。

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